

Tatsuo Motokawa
本川 達雄
東京工業大学大学院生命理工学研究科教授。48年うまれ。東京大学理学部生物学科 卒。琉球大学講師、助教授を経て、現在に至る。著書に『歌う生物学 必修編』(T BSブリタニカ)、『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)『時間~生物の視点と ヒトの生き方』(NHKライブラリー)。
本川 達雄 さん(東京工業大学大学院生命理工学研究科教授)
「まめをまく まめにまく まめにまめをまく メンデル」(「種をまくメンデル」)と歌うのは本川達雄さん。
れっきとした東京工業大学の教授だが、「歌う生物学者」としても名高い。
いったいなぜ歌で、しかも生物学なのか。
全70曲をつくりあげたシンガーソングライターでもある本川さんに尋ねました。
沖縄の瀬底島で学生と泊まり込んで研究していたことがありまして、夜になっても何もないから歌を歌おうと思いました。けれど、ご当地ソングもない。それなら実験所の歌でもつくろうとなりました。「ここの海は世界一!」とか、ヨイショする歌ですが、これが簡単につくれてしまったんですね。じゃ、自分の研究対象を題材に、「サンゴのタンゴ」とかつくって、試しに講義で歌ってみたわけです。そしたら、これがウケるわけです。何せ沖縄だから、たちまち手拍子でみんなノルわけです。
夏の午後の授業なんてみんな寝てますが、歌えばパッと目が覚める。それだけじゃなく、これさえ歌えば珊瑚礁については全部わかるように、キーワードを入れました。歌は身についたら忘れないから、以来、講義で一項目が終わるたびに歌をうたっています。

自転車に一度乗れたら忘れないのと同じです。声を出して、体で覚えると身に付きます。賛美歌だってご詠歌だって同じでしょ?大事なものは歌にして覚えるというのは、何千年も歴史のあることです。親鸞さんも和讃をつくって、「お経は長いけれど、ここがエッセンスです」と節をつけて覚えさせたんだから、なんて親切なんでしょう。親切な人は昔からやっていたんですよ。教育は親切心の発露がないとダメです。それでつくっていったら…70曲になっちゃった。
覚えるよりは考えろ、ですね。私も文部科学省検定の教科書を書いています。動物ホルモンの名前をいくつも書くと、「羅列はいけない。3つ以内にしなさい」と言われます。でも、ホルモンの働きを覚えるときにあんまり少ないと、全体像をつかめなくなってしまう。覚える内容が多いのなら、覚えやすくすればいい。それには歌がいいんです。
早いときは、一日に2曲くらいです。芸術と何の関係もないから、いくらでもできます。

動物のサイズによって、心臓のドキンという鼓動は、人間なら約1秒に1回、ハツカネズミは0.1秒、ゾウは3秒かかります。でも、ネズミもゾウも15億回心臓が打つと死にます。ネズミはゾウに比べて早く死にますが、心臓の打つ回数で考えると同じです。早い生き方もあるし、ゆっくりな生き方もあります。動物それぞれで、時間の流れは決して一定のものではない。
そうした鼓動間隔の違いを「サイズが違うと時間も変わってくる」と読み取ったわけですが、どうして誰もこんな大事なことを教えてくれなかったんだろうと思いました。
普段、僕らはニュートンの古典物理学の自然観を下敷きにして生きていて、時間は一直線に流れていると思っています。こういう時間の考え方はユダヤ・キリスト教から来ていて、神様のつくった絶対時間だから、他の生物がいたって変わりっこない。そういうふうに西洋人は考え、物理学の中に取り込んでいった。みんな共通のもの以外は時間と言わないんです。
サイクルが違うと言いますね。心臓の鼓動も刻む時間の違いではなく、サイクルが違う。でも、日本人にとっては、もともと時間は回るものでしょう。正月の度に年は新しくなるし、輪廻転生もそう。そういう見方をすると西洋の科学的な見方はすごく偏ったものだとわかります。
「時間が違う」という背景には、世界の捉え方そのものが西洋と東洋では違うことがあります。動物による違いだけではなく、文化が違うと時間も異なる。それに気づいたことで、物事を考えるにも、もう少し広い見方をするようになりましたね。
そもそも時間に興味を持ったのは、ほとんど動かないナマコに僕らと同じ時間が流れているんだろうか?という疑問でした。いろいろ研究していくうちに体の大きさによって、エネルギーの使い方も違うし、エネルギーをたくさん使えば使うほど、時間が早くなることがわかりました。すると、ナマコはあまりエネルギーを使わないからゆっくりしている。でも、うまく生きている。僕らからすればトロク見えるけれど、彼らは実に完結した尊敬すべき世界を持っていますよ。
ナマコは同じサイズの哺乳類と比べたら、1/100のエネルギーしか使わないので、食べる量も1/100。なんでそれで済むかといえば、姿勢を維持するための筋肉がなく、皮の硬さを変えて姿勢を維持し、身を守っているからです。皮にはあまりエネルギーが必要ないから、餌もあまりいらない。そういう硬さの変わる皮を梃子にして、ナマコを調べていくとその世界が見えてきます。
ナマコが何を食べているかというと砂です。砂上にいて、砂を食べているなんて、食物でできた家に住んでいるようなもの。お腹が減ったら囓ればいいんだから、ある意味天国です。ナマコは生きながら天国に住んでいる。
「一生懸命勉強し、働き、怠けてはいけません」と人は言われますが、それもお金を稼いで食べるためでしょう。ナマコは働かなくていいし、あまり動かないから目も耳もいらないし、脳味噌もない。だけど、どっちが頭いいかって話です。
こういう風に考えるとナマコって偉い奴に見えてきませんか?その生き物の世界を読み解く。これが生物学のおもしろさです。

生物学と聞けば、バイオテクノロジーが人気ですが、それだけが生物学ではない。一緒に地球に住んでいるのに意味のない生物だ、と思うよりも、何か尊敬すべきものに見えたら、世の中が楽しくなってくるじゃないですか。幸せに生きるというのは、ただ単に便利なものに囲まれて生きることじゃない。そういう意味では生物学は、私たちを幸せにする学問だと思っています。

時間の進み方について言えば、動物の体の中では、エネルギーを使えば使うほど時間は早く進みます。ネズミのようにチャカチャカ動いていれば、早く大人になって子どもを生んで死ぬ、と生きているペースが速い。そうしたことは体以外の部分でも成り立つかもしれない。車を使えば早く目的地に着けるし、コンピュータ使えばすぐに連絡はとれる。体の刻む時間に限らず社会生活だって、エネルギーを使えば使うほど、時間の流れも速くなるのではないですか。石油がなくなったら、たちまちスローペースにならざるをえないでしょう。
現代人はエネルギーを使って時間を速めているといっていいでしょう。すごく便利になっているけれど、体に適した時間の流れは多分あるんじゃないかと思います。エネルギーを消費することで時間の流れはどんどん速くなっても、体が着いていけなくなる。事実、便利になっているのに、大人だけでなく子どもまで「疲れた」と言うでしょ。外国にメールを送っても、すぐ返事が戻ってくる。ゆっくり考える時間もないくらいせわしない。
成熟には発酵の時間が必要です。何でも欲望に奉仕する時代では、欲望も熟成させる時間がないから、「あれもこれも欲しい」になってしまう。「買っては捨て」の消費社会は資源問題もあって、この先も続くことはあり得ないのに、次々と新しいモノを手に入れないと満足できない。

エネルギーを使って時間を買っているんですよ。戦前の日本人の寿命は50年。室町時代は40年、縄文だと30年、いまは80年です。戦後50年で30年も寿命がのびた。冬は暖かく、夏は涼しい部屋にいて、おまけに体は動かなくっても食物は手に入る。
医学の進歩だけではなく、社会システムそのものが長生きできるようになった。現代医療を見ればわかるとおり、莫大なエネルギーを人体に注いで時間を手に入れています。幸か不幸か、いまでは元気じゃなくても80歳まで生きてしまう。
体の刻む時間ではない社会生活における時間は、エネルギーを使えば変わるんだと思います。この視点を持たないと、現実に時間は変わっているのに、客観的で一定だと思っているから、「疲れる」原因が分からない。これはある意味、時間病です。
自分とは何か?を理解したかったんです。それだと普通は文学部へ行くんですが、文学部というところは、人間の頭の中だけを覗いているようなところがあって、もっとクールに人間を考えたかった。うんとクールに考えたら「みんな原子です」という話になりますが(笑)。だからその真ん中くらいで、自分と世界を考えたいと思ったんです。

そうですね。文学書、哲学書を読んでいたので、やはり文学部に行こうかと思いましたが、何だか自己破滅型の人間が多かったんで止めました。何でぐずぐず悩んだり、好いた惚れたばかり言わなくちゃいけないのか。自己破滅のほうがカッコイイという 風潮もありましたが、私は真っ当な人間でしたからね。
生物学的には、「生物は子どもを残さないと価値はない」ってことですね。でも、いま勉強すればするほど子どもをつくらなくなっているから、生物としては悪くなっているかもしれない。
講演なんかで歌を歌いますと、偏差値が高い学校ほどノリが悪い。うちの大学の学生もまったくノリません。シラーッとしています。
結婚、出産なんてのも、ノリのよさがなければできませんよ。少子化はひょっとしたらノリを忘れてしまったのが原因かもしれないですね。それに、シラーッとした偏差値の高い人に将来の日本が牛耳られるかと思うと…先はないねぇ。
ノルための教育をしなきゃ。それには歌ですよ!教室の堅い椅子に座って、自分の欲望や感情をうまく押さえつけて、先生の言うことをいかに聞くかが今の教育なわけでしょう。それでノリがよくなるわけない。ノリが悪いのがいいことなんだから、そりゃ景気が悪くなるのは当たり前です。
沖縄ですね。島には水道がないから雨水を貯めて飲みました。三食を自分でつくり、家が台風で壊れたら自分で直しました。電気の配線も、本当は免許がいるんだけれど、自分でやった。全部自分でやんなきゃ誰も助けてくれないし、やっても誰も文句は言わない。
専門家になると無力な人間になってしまうんですよ。都会にいるとみんな専門家になって、専門以外は無力になる。何にもないところにいけば、自分の能力のすべてを使わないとサバイバルできない。そういう経験をすると、思わぬところで自分の才能を発見しますね。中でも,何をやっても恥ずかしがらない,ヌケヌケとしたところが身に付くこと,これが一番の才能ですね。ノリはサバイバルの能力ですよ!

Tatsuo Motokawa
本川 達雄
東京工業大学大学院生命理工学研究科教授。48年うまれ。東京大学理学部生物学科 卒。琉球大学講師、助教授を経て、現在に至る。著書に『歌う生物学 必修編』(T BSブリタニカ)、『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)『時間~生物の視点と ヒトの生き方』(NHKライブラリー)。
本川 達雄 さんの本

『歌う生物学 必修編(CD3枚付)』
(TBSブリタニカ)

『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学 (中公新書 1087)』
(中央公論新社)

『絵ときゾウの時間とネズミの時間 (たくさんのふしぎ傑作集)』
(風塵社)

『ヒトデ学 棘皮動物のミラクルワールド』
(東海大学出版会)

『生きものは円柱形 (NHKライブラリー 74)』
(日本放送出版協会)